11.君が居た。それだけで世界しかった。

 

ボスは?

寝てる

耳にかすかに届く聞き慣れた声にうっすらと瞼を開けた男は、ゆっくりと瞬きを繰り返すと体を起こした。寝台の上から見渡す室内は暗くうち沈んで、ホテル特有のどこかよそよそしい雰囲気を漂わせている。無自覚に己の隣を探り、ザンザスは冷えたシーツの感触だけをとらえた腕に盛大に舌を打ち、寝入るその時まで(その後も)腕に抱えていた存在が抜け出すのに覚醒しないとはやきが廻ってやがると自らを嘲った。その上襟足につけていた羽根飾りまでもが外されていることに気が付いて口元を歪め、男は今度こそ声を張り上げた。

「スクアーロ!」

静寂を打ち破るように苛烈に響き渡ったそれに、隣室にあった気配が騒々しく向かってくるのを感覚で捉え、そいつの暗殺の向いてなさに呆れ果てる。それでもてめぇはヴァリアー幹部かと問答無用で殴ってやろうかという考えが脳裏を過ぎた所でようやく呼びつけた部下が姿を見せた。

「ボス、起きたのかぁ?」

暢気に惚けたことを吐き出すスクアーロに起きてなきゃ呼ばねぇよと吐き捨てて、ザンザスは隣室の天井に吊るされているシャンデリアの皓々と照った光を背負ってやたらと眩しい銀髪に目を細める。

「ボスゥ?」

反応の鈍いザンザスにこの時ばかりは猫のように妙に静かに歩み寄ったスクアーロは片膝だけベットに乗り上げさせて、寝起きで水分が多く分泌されている男の赤い目を覗き込んだ。

「寝ぼけてんのか?」

「だれがだ」

「だよなぁ」

納得したように頷くスクアーロの長い銀色を指に絡めるようにして握り込むと、まだかすかに汗で湿っているそれから乾くほどの時間もシャワーを浴びる時間も無かったことが予測でき、大した時間は経っていないと知れた。

そのまま髪を巻き込むように、強く、ではなく乱暴に引き寄せた抉れた腰の持ち主の胸に顔を埋めて抱き込んだ。

「う゛ぉぉい、いてぇぞ」

「知るかよ」

「どこの甘えん坊だぁ」

あまりに巫山戯たことほざく部下に、ザンザスは先ほどの情事の最中にやったように白い胸板に歯を立ててやった。実践で鍛えた柔らかい筋肉は大した障害にもならず、皮膚は容易く破れて肉を簡単に噛み切ることが出来る。

「っでぇ!」

また増えた行き過ぎの情痕に情けない悲鳴を上げるスクアーロの体に散らばったまだ血の滲むそれらに口を付けていきながら、ザンザスはいまだ隣にある気配を呼んだ。

「マーモン」

呼ばれてドアの陰からひょこりと顔を覗かせた小さな部下に、男の腕の中の躰がぎくりと固く強張った。情事の痕もあからさまな姿で先ほどまで会話していたのだから今更だろうと思われがちだが、羞恥心が人並みにあるスクアーロにしてみれば当然の反応で、最中を見られるのと、事後を見られるのとでは絶対に違う、と声を大きくしていつだって主張したい。別にそれを気にするような繊細な意識も情緒も持ち合わせていないボスがそれを聞いてくれることは滅多に無い。が、今日は幸運らしい。

普段だったら咎めることもしないが今は気分じゃないと、さっさと行けと促すボスの目にマーモンは逆らうような真似はせず、おとなしく従って背を向けた(これがベルフェゴールやルッスーリア辺りだったら、悪戯半分嫌がらせ半分でからかいながら(主にスクアーロを)見学でもすることだろう)。

一旦寝室までいれたのは、隣の部屋からも追い出すためだったようだ。

ちょっと声を大きくすりゃあすむ話だろうと思いつつ、口に出すような愚は犯さない。

諦めとも、生まれた熱を排出する為とも感じられるスクアーロの吐息を受けながらザンザスは消えた異物に満足気に唇を吊り上げて、再び其処にある餌食を貪った。

 

2006.06.22